医療情報を集めた「医療ビッグデータ」を有効に活用し、医療の進歩に役立てるために、さまざまな取り組みが始まっていますが、医療情報は個人情報を含むため規制も必要です。個人情報の取扱いは保護と活用のバランスが大切であり、これらの観点を含めて、医療情報の利用について取り上げました。
個人情報の保護
改正個人情報保護法※1 が2017/5から全面的に施行されています。改正は、個人情報の保護と活用の両方(規制強化と緩和)を含んでおり、医療情報が特に関係するのは次の3点です。
1.「個人識別符号」の追加(規制強化)
グレーゾーンの解消のため、個人情報の定義が明確化されました。医療と関連が深いものとしては、以下の情報が対象となります。
・身体的特徴を電子計算機の用に供するために変換した符号(顔認識データ、指紋認識データ)
・DNA、顔、虹彩、声紋、歩行の態様、手指の静脈、指紋・掌紋を電子計算機のために変換した符号であって、特定の個人を識別するに足りるものとして個人情報保護委員会規則で定める基準に適合するもの(政令・委員会規則で規定)
2.「要配慮個人情報」の規定の新設(規制強化)
「要配慮個人情報」の取得について、原則として本人の同意を得ることが義務化されました。「要配慮個人情報」とは、「人種、信条、社会的身分、病歴、前科・前歴、犯罪被害情報」「その他本人に対する不当な差別、偏見が生じないように特に配慮を要するものとして政令で定めるもの」ですが、医療と関連が深いものとしては、以下の情報(政令で規定)があります。
・身体障害・知的障害・精神障害等があること
・健康診断その他の検査の結果(遺伝子検査の結果を含む)
・保健指導、診療・調剤情報
3.「匿名加工情報」の規定の新設(規制緩和)
個人情報の取扱いよりも緩やかな規律の下、自由な流通・利活用を促進するため、匿名加工情報(特定の個人を識別することができないように個人情報を加工した情報であって、当該個人情報を復元することができないようにしたもの)の類型が新設されました。
個人情報を加工して誰の情報か分からないようにすれば、本人の同意がなくても外部に提供可能となりますが、事業者はいくつかの義務※2(適切な加工、安全管理措置、公表義務、識別行為の禁止等)を負うので注意が必要です。
※1:・個人情報の保護に関する法律及び行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律の一部を改正する法律
・個人情報保護委員会 >個人情報保護法等 https://www.ppc.go.jp/personalinfo/
・改正個人情報保護法について - 平成28年11月28日 個人情報保護委員会事務局 https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/daiyoji_sangyo_chizai/pdf/003_02_00.pdf
※2:個人情報保護委員会>個人情報保護法等>匿名加工情報「匿名加工情報制度について」https://www.ppc.go.jp/personalinfo/tokumeikakouInfo/
情報の利用促進
医療機関が蓄積している医療情報を有効活用するために、厚生労働省は「データヘルス改革」※3 を進めており、2019/9のデータヘルス改革推進本部では、実現を目指す未来として、「全ゲノム情報等を活用して新たな診断・治療法等を開発」「AI導入でサービスの高度化と現場の負担軽減」「国民が自分のスマホ等で健康・医療等情報を確認」「医療・介護の現場で患者の過去の医療等情報を確認」「ビッグデータの活用により研究や適切な治療の提供がすすむ」が挙げられています。
また、2018/5に「次世代医療基盤法」※4 が施行されました。本法は、デジタルデータを活用した次世代の医療分野の研究、医療システム、医療行政を実現するための基盤として、デジタル化した医療現場からアウトカムを含む多様なデータを大規模に収集・利活用する仕組みを設けるものであり、医療情報の匿名加工を行う事業者を認定することによって、匿名加工された医療情報を円滑に利活用することが可能な仕組みです。これにより、医療機関は、医療情報の提供に当たっては、最初の受診時に書面で通知することを基本として、オプトインによらなくてもオプトアウトによることが可能となり、また、研究倫理指針の適用が除外されるため、倫理審査委員会の承認が不要となります。
※3:厚生労働省>・・>データヘルス改革推進本部 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148743.html
※4:・医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律:これまで行えなかった医療分野の研究開発を促進するために、 医療機関等にある治療結果や保健指導の内容といった患者・国民の医療情報を、国が認定した事業者が安全で安心できるセキュリティ基準の下、大規模に収集 して、個人が特定されないよう匿名加工を行い、研究機関等に提供する制度
・内閣府ホーム > 内閣府の政策 > 日本医療研究開発機構・医療情報基盤担当室 等 https://www8.cao.go.jp/iryou/
(「次世代医療基盤法」とは(2019年4月)https://www8.cao.go.jp/iryou/gaiyou/pdf/seidonogaiyou.pdf )
AIの活用
AIとは、人工知能(artificial intelligence)のことであり、人間の知的能力をコンピュータ上で実現するシステムのことです。
2000年以降のディープラーニング(深層学習)やビッグデータの登場とともに、様々な分野での利用が加速しています。自動車の自動運転、将棋などのソフトが身近なところですが、医療分野もAIによって大きくかわる可能性があります。具体的には、医療診断/画像診断、ゲノム医療、創薬などの分野です。AIの開発には、大量で質のよい学習データが必要となります。医療分野では、個人情報を保護した上で、医療情報を活用していくことが求められます。
既に、アメリカでは、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフトなどのIT大手が膨大な患者のデータをAIで分析するビジネスを展開しようと、ヘルスケア分野への参入に乗り出しています。
日本でも、さまざま取組みが始まっています。医療診断のAI利用では、2016年、東京大学医科学研究所が、米IBMの「Watson(ワトソン)」を活用して、治療に難航していた急性骨髄性白血病の患者の遺伝子情報の解析から、別の特殊なタイプの白血病の可能性があることが分かり、これを参考にして医師が治療方針を変更し、患者さんが快方に向かったということが報道されました。画像診断では、例えば、エルピクセル㈱が、脳MRI画像を人工知能(AI)、とりわけ深層学習(Deep Learning)を活用した技術によって解析し、脳動脈瘤の疑いがある部分を検出する医用画像解析ソフトウェア EIRL aneurysm の日本国内での発売をプレスリリース※5 しています。今後、同様なAIを活用した画像診断、医療診断などが増えてくると思われます。
※5:エルピクセル株式会社ホームページ「医用画像解析ソフトウェア EIRL aneurysm (エイル アニュリズム)を発売ー脳MRI画像から「脳動脈瘤」診断支援/深層学習を活用した脳MRI分野のプログラム医療機器として国内初の薬事承認を取得」(2019/10/15) https://lpixel.net/news/press-release/2019/9757/
今後
AIの医療での利用における大きな課題は「責任問題」です。薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)では、薬や医療機器は国が定めた品質管理基準を満たす必要があり、リスクの大きなものはしばる必要があります。少し古いですがSF作家のアイザック・アシモフのロボット工学3原則の第一条「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。」と同様に、AIが人間にとって害があってはなりません。
厚生労働省は「AIを医療に用いた際に判断の最終責任は医師にある」との考えを示しています※6。AIによる病の発見能力が人間を凌駕しても、専門家と認められた人間の責任によって最終的な判断が行われるべきとの考えです。
この考えにたてば、医療情報のビッグデータを用いたAIの利用は、案外早く普及が進むかもしれません。
※6:厚生労働省HP>・・>保健医療分野AI開発加速コンソーシアム https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-kousei_408914_00001.html(第4回 2019年1月16日)
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