研究開発段階での特許の利用に関して、特にライフサイエンス分野では「リサーチツール特許」に注意する必要があります。リサーチツール特許については、さまざまな議論がなされていますが、概況をまとめてみました。
リサーチツール特許とは
「ライフサイエンス分野におけるリサーチツール特許の使用の円滑化に関する指針」※1 において、リサーチツール特許は、以下のように定義されています。指針で背景が説明されていますが、ライフサイエンス(医薬、バイオテクノロジー)分野において、遺伝子改変動植物やスクリーニング方法のように研究を行うための道具となるリサーチツール特許には、汎用性が高く代替性が低いものが多く、これらの特許を円滑に使用することで研究開発を促進することが求められています。
【リサーチツール特許の定義】
ライフサイエンス分野において研究を行うための道具として使用される物又は方法に関する日本特許をいう。これには、実験用動植物、細胞株、単クローン抗体、スクリーニング方法などに関する特許が含まれる。
※1:平成19年(2007)3月1日、総合科学技術会議 指針発行 https://www8.cao.go.jp/cstp/output/iken070301.pdf
ガイドライン
リサーチツール特許に関連して、国際的には、NIH(アメリカ国立衛生研究所)やOECD(経済協力開発機構)のガイドライン※2 が出されています。その後、日本でも、2007年に総合科学技術会議の指針※1 がまとめられました。基本的には研究開発を促進することを目的にしていますが、日本の指針の基本的な考え方は、以下の通りです。
◇ライセンスの供与:特許権利者は、ライセンスは非排他的に供与するなど円滑な使用に配慮
◇ライセンスの対価および条件:ライセンスの対価は「合理的な対価」とする(大学等の間では無償が望ましい)
◇簡便で迅速な手続:ライセンスが簡便で迅速な手続により行われるよう努める
◇有体物の提供:合理的な条件と簡便迅速な手続による提供に努める
また、日本製薬工業協会では、医薬の研究開発の発展のため、「リサーチツール特許のライセンスに関するガイドライン(提言)」※3 をまとめており、リサーチツール特許は「権利者と利用者のバランスを考慮した合理的な条件で非独占的に広くライセンスされるべきである。」としています。
※2:・NIHガイドライン(1999)リサーチツール(国費原資)を研究で円滑に使用することを目的としている
・OECDガイドライン(2006)研究目的等のための遺伝子関連発明の広範なライセンス供与等の考え方を示している
※3:2006 年 1 月 16 日 日本製薬工業協会 知的財産委員会 http://www.jpma.or.jp/about/basis/guide/pdf/guideline_j.pdf
データベース
上記の日本の指針には、「大学等や民間企業が所有し供与可能なリサーチツール特許や特許に係る有体物等について、その使用促進につながる情報を公開し、一括して検索を可能とする統合データベースを構築する」とあります。これに従い、リサーチツール特許の使用円滑化と紛争の未然回避を目的に、関係する行政機関が協力してデータベースが構築※4され、大学等や民間企業が所有するリサーチツール特許およびそのライセンス条件等に関する情報が広く公開されています。登録件数 は379件 (2019/9/10現在)あり、キーワードや分類(動物、方法・プロセスなど)で検索でき、例えば、「キーワード:ゲノム」で検索すると31件ヒットします。
※4:リサーチツール特許データベース https://plidb.inpit.go.jp/research/home
ゲノム編集
ゲノム編集技術※5 は、特定の部位のゲノムを改変する画期的な技術(特にCRISPR-Cas9は有用)であり、遺伝子が関係する研究において、必要不可欠なリサーチツールとなってきています。
CRISPR-Cas9 の基本特許の取得は、カリフォルニア大学やブロード研究所等の4つのグループで争われており、動向を把握しておく必要があります。
産業利用の場合は、関連特許についてライセンスを受ける必要がありますが、研究段階における利用においてはほとんどの場合、特許権者は、大学などの非営利機関での研究におけるゲノム編集技術の利用については制限しないとの立場をとっているようです。一方、企業などの営利機関の場合、研究段階においても必要なライセンスを取得するなどのリスク管理が必要です。
※5:トコトンやさしいゲノム編集の本 (今日からモノ知りシリーズ)、宮岡 佑一郎 (著) 、日刊工業新聞社刊 (2019/3/20) (参照:「お役立ち書籍紹介」 )
おわりに
ライフサイエンス分野の特許において、いくつかの特徴的な事項(産業上の利用可能性、存続期間の延長制度 など)が知られており、以前、本ブログでも取り上げました。(「医療関連行為の産業上の利用可能性など」「医薬品に関連する法令など」)
これらと同様に、今回取り上げた「リサーチツール特許」も、ライフサイエンス研究者は注意する必要があります。
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